
テレワークやクラウドサービスの普及により、従来の「社内は安全」という境界型防御の考え方は限界を迎えつつあります。そこで注目されているのが、「すべてを信用せず常に検証する」ゼロトラストの考え方を実現するZTNA(ゼロトラストネットワークアクセス)です。
本記事では、ZTNAの仕組みやVPNとの違い、導入によるメリットや注意すべきポイントを紹介します。
ZTNA(ゼロトラストネットワーク)とは
ZTNA(Zero Trust Network Access)は、ゼロトラスト思想に基づくセキュリティモデルです。内部・外部を問わず、すべての通信を検証してからアクセスを許可します。
従来の境界防御では防ぎにくかった内部侵入や認証情報の悪用を防ぎ、ユーザーやデバイスごとにアクセス権を細かく設定します。要求のたびに認証・端末状態・権限を確認します。
VPNのようにネットワーク全体を開放せず、必要最小限のリソースのみアクセスを許可することで、不正アクセスや情報漏えいのリスクを低減します。
ゼロトラストとは
ゼロトラストとは、「何も信用しない(Never Trust, Always Verify)」という考え方に基づいたセキュリティ思想です。従来の「社内は安全」という境界型防御モデルから脱却し、すべての通信を疑うことを基本としています。以下はZTNAとの比較になります。
ZTNAが生まれた背景
ZTNAが生まれた背景には、従来の境界型防御モデルの限界があります。境界型防御は「社内は安全」という前提でネットワークの内と外を明確に分けて守る仕組みでしたが、近年の環境変化により境界が曖昧になり、新たなセキュリティモデルが求められるようになりました。
具体的には、以下の3つの要因が挙げられます。
- サイバー攻撃の高度化
攻撃手法が巧妙化し、VPNの脆弱性悪用や認証情報の窃取による侵入が増加
- クラウドサービスの普及
企業システムが社外のクラウド環境に分散し、従来の境界防御では保護が困難に
- 働き方の多様化
テレワークの拡大により「内部」と「外部」の境界があいまいになった
こうした環境変化により、すべてのアクセスを継続的に検証するZTNAの発想が不可欠となりました。
ZTNAとVPNの違い
VPNは、通信を暗号化して遠隔から社内ネットワークに安全に接続する仕組みで、リモートワークの主流として活用されてきました。しかし、ネットワーク全体へのアクセスを許可するため、侵入後の内部拡散リスクが課題です。
一方、ZTNAはアプリケーション単位で接続を制御し、アクセスごとに認証を行うことで安全性を強化します。ZTNAとVPNは対立関係ではなく、VPNを補完・代替する次世代技術として位置づけられます。企業はZTNAを段階的に導入することで、既存のVPN環境からスムーズに移行できます。
VPNについては、以下の記事で詳しく解説しています。あわせてお読みください。
VPNとは?仕組みからメリット、選び方まで徹底解説
ZTNA(ゼロトラストネットワーク)導入のメリット
ZTNAを導入することで、企業はセキュリティ強化と業務効率化の両立を実現できます。ここでは、ZTNA導入による4つの主要なメリットを紹介します。
メリット①セキュリティの強化
ZTNAは、アプリケーションやシステムを外部から不可視化し、攻撃者が侵入経路を特定できないようにする仕組みです。公開ポートを最小限に抑えて攻撃対象領域を削減し、セキュリティリスクを根本から軽減します。
これにより、利用者は業務に必要なアプリケーションのみにアクセスでき、最小権限の原則に基づいて制御されます。さらに、アクセスごとに認証や端末状態を検証するため、MFAと監視の併用で高水準の安全性を維持します。
メリット②運用効率の向上
ZTNAは、セキュリティポリシーをクラウド上で集中管理し、複数拠点や端末への設定を自動的に反映できます。これにより、管理者が個別の機器を操作する手間がなくなり、設定ミスや運用のばらつきを防止します。
さらに、クラウドベースで動作するため、ユーザー増減や拠点追加にも柔軟に対応でき、ハードウェアの導入・保守も不要です。世界各地のアクセスポイントを経由し、最適な通信経路を自動選択することで、遅延の少ない安定した接続を実現します。
メリット③VPN接続時の遅延解消
従来のVPNは「ハブ・アンド・スポーク」構成を採用し、すべての通信を本社やデータセンターのゲートウェイ経由で処理していました。そのため、遠隔地ほど通信距離が長くなり遅延が発生しやすく、同時接続数の増加で速度低下を招くこともありました。
ZTNAは世界各地のアクセスポイントを活用し、最寄り経路から直接接続することで通信を最適化します。これにより、距離による遅延を抑え、クラウド上での負荷分散により安定した通信を実現可能となっています。
メリット④クラウド環境への柔軟な対応
クラウド利用が拡大する中、ZTNAは従来の境界型ネットワークでは対応が難しかった環境にも柔軟に適応できる仕組みを提供します。オンプレミスとクラウドが混在する構成でも、一貫したアクセス制御と統一ポリシーの適用が可能です。
さらに、AWS・Azure・Google Cloudなど複数クラウドをアイデンティティベースで統合管理でき、複雑な設定やVPN構成を削減します。SaaSへの直接接続により、安全で遅延の少ない通信を実現します。
ZTNA(ゼロトラストネットワーク)導入における注意点
ZTNAは高いセキュリティと柔軟な運用を実現する一方で、導入や運用にはいくつかの注意点があります。ここでは、導入時に押さえるべき主な課題と対処のポイントを解説します。
注意点①ポリシー設計の複雑化
ZTNAでは、「最小権限の原則」に基づき、ユーザー・デバイス・アプリケーションごとに詳細なアクセス条件を設定する必要があります。VPNのように一括で許可する方式とは異なり、「誰が・どの端末で・どの時間帯に・どのアプリへ」アクセスできるかを細かく定義するため、ルールが多層化しやすくなります。
特に、既存のVPNやオンプレミス環境と併用する移行期には、複数の境界をまたぐアクセス制御が発生し、設計が複雑化しがちです。導入前に現行のアクセス権限や業務フローを可視化し、段階的にZTNA化を進めることが重要です。
ルールのグルーピングや自動化機能を活用し、定期的にポリシーを最適化することが効果的です。
注意点②既存システムとの整合性
多くの既存システムは「境界防御モデル」を前提に設計されており、内部ネットワークを信頼する構造を採用しています。一方、ZTNAは「内部でも信用しない」設計思想のため、従来のアクセス制御や認証方式と整合しにくく、設定の全面見直しが必要となる場合があります。
特に、Active Directoryや独自データベースなど複数の認証基盤を統合する際は、構成の複雑化が課題です。さらに、レガシーアプリがSAMLやOpenID Connectに非対応な場合は、ゲートウェイやプロキシの導入が求められます。
ZTNA導入前に各システムの構成や認証方式を可視化し、影響範囲を把握した上で段階的に移行を進めることが重要です。
注意点③運用フェーズでの可視化と継続的改善
ZTNAの運用段階では、すべてのアクセスに対して詳細なログが記録されるため、膨大なデータから異常を抽出・分析する作業が複雑になりがちです。多層的なポリシー設定によって、アクセス拒否の原因を特定する際にも時間を要するケースがあります。
ゼロトラスト環境は導入して終わりではなく、新たな脅威や業務変化に応じたポリシーの継続的な見直しが不可欠です。定期的なログ分析や権限棚卸しを実施し、セキュリティ運用の品質を維持することが求められます。
さらに、SIEMなどの分析ツールを活用して可視化を進め、アラート対応やアクセス制御の自動化を図ることで、継続的な改善体制を強化できます。
注意点④ユーザー教育と運用ルールの定着
ZTNA導入後の課題として挙げられるのが、ユーザー側での理解不足や操作習熟度の差です。ZTNAはアプリケーションごとに認証やデバイス確認を行う必要があり、従来のVPNと比べて操作手順が複雑に感じられる場合があります。
利用者の意識や知識に差があると、誤操作やルール違反によってシステム全体の信頼性を損なうおそれもあります。そのため、導入目的や利便性・安全性の両面での効果を社内で共有し、段階的な教育を行うことが重要です。マニュアルや動画教材、eラーニングを整備し、初期サポート体制とFAQを充実させることで定着を支援します。
さらに、定期的な啓発活動や評価制度により、ルール遵守を組織全体に根付かせることが効果的です。
まとめ
本記事では、ZTNAの仕組みやVPNとの違い、導入によるメリットや注意すべきポイントを解説しました。
ZTNAは、ゼロトラストの思想を具体化し、企業ネットワークをより安全かつ効率的に運用するための次世代モデルです。VPNに代わるリモートアクセス基盤として、セキュリティ強化・運用効率化・クラウド対応など多くの利点があります。
一方で、ポリシー設計や既存システムとの整合性、ユーザー教育などの課題も存在します。段階的な導入と継続的な改善を重ねることで、ZTNAの効果を最大限に発揮できるでしょう。